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障害のある子がいる日常


30年以上前。
私は、葛飾区立二上(ふたがみ)小学校に通っていました。そこは、ありふれた普通の公立小学校でした。
ただ、そこには、特別支援学級がありました。

そういう学級があったからなのかはわかりませんが、通常クラスにも軽度の障害のある子がいたりしました。
私が6年生のときのクラスには、2人。
AちゃんとBちゃん。
いじめ等はなく、テンヤワンヤしながらも、仲良くやってました。

Aちゃんは、ある発作を抱えていました。
日常は、まったく問題のない生活ぶりで、みんなと一緒に授業を受け、給食を食べ、遊びました。
しかし、授業中などに発作が起きると、Aちゃんは座っていられませんでした。その時のAちゃんは、いつもとは明らかに違い、しゃっくりのようなものを連発しながら、教室中を徘徊しました。
徘徊の途中、ある子の机に座ったり、棚にあるものをいじったり落としたり。我々は、待ちました。Aちゃんの発作が収まるのを。

ある程度の時間が過ぎると、Aちゃんは、いつものAちゃんに戻りました。そして、自分の行動も覚えていて「ごめんごめん、オレ今そこに座っちゃったよね?」と言いながら、笑いました。我々も、笑いました。驚いたよ!と。

Aちゃんの発作は、我々の日常でした。徘徊をやめさせようとしたり、無理やり押さえ込もうとはしませんでした。先生も、収まるのを待とう、と我々に指導してました。我々にとってAちゃんは、なんか時々発作が起きてしまうけど、それ以外は自分達と変わりのないクラスメートでした。

だから、普通に遊び、普通に喧嘩もしました。
同じ教室で学び、一緒に遊び、ときどき喧嘩もし、発作も共有。お互いがお互いのことを、クラスメート、という認識しか持ってなかったと思います。

一方、Bちゃんは軽度の知的障害でした。6年生のとき、一生懸命九九を勉強していました。Bちゃんにとって九九は難しく、なかなかできませんでした。
それを見ていた我々は、みんなしてBちゃんに九九を教えました。Bちゃんがわかるように、自分達なりに工夫して。

ねえ、2・3が6って、人間が2人いて2人とも飴を3つ持っているっていう意味だから、数えられるよね?

でも10を超えると数えられなくなってしまい、
あー!もう指がないから数えられない!
とBちゃんは怒ってしまったり。

我々も手を替え品を替え、試行錯誤の繰り返し。
すこし進歩があったときは、みんなで喜びました。

Bちゃんは、運動も苦手だったのですが、たまには一緒にサッカーをしたりしました。

我々にとってBちゃんは、勉強がすこし遅れ気味で運動も苦手な、クラスメート、でした。


大人になってから、特別支援学級がない学校があることに驚きました。自分の学校にあったので、どこの学校にもあるものと思っていました。

私は、私自身の経験から、すべての学校に特別支援学級を設置すべきだと思います。そして、障害のある子も可能な限り通常学級に入れて、障害のない子供達にとって障害のある子との生活が当たり前のこと、日常として肌で感じて欲しいと思います。

大人になってから頭で理解しようとするより、子供の頃から肌で感じておく。これが一番良いのではないでしょうか。障害の有無ではなく、クラスメートの個性。

足早っ!
よっ、お調子者!
絵うまっ!
字、綺麗!
優しい!
発作持ち!
頭いい!
力すげー!
かわいい!
九九できない!
歌うまい!
全然サッカーできない!
銭湯好き?
プラモデル作るのうまい!
くそーあいつモテるなぁ!

優劣でもなんでもない、単なる個性、特性。

AちゃんもBちゃんも、今頃何をしているのでしょうかね。地元に残っているとしたら…
いつか、後見制度を使いたいんですけど〜、なんて再会したりして。

おー、久しぶり!発作はまだ出るの?
九九できるようになった?

お母さんのことも知ってるし、兄弟姉妹も知ってるし、なんと言ったって、友達だし…報酬は…

半額セール中!とでも、家裁に申立てる!?(^_^;)