【概要】

 

慰謝料請求事件

 

事件番号:東京地裁令和2年(ワ)第27065号

判決日付:令和3年12月17日

 

原告:後見人から918条2項相続財産管理人に就任した司法書士

被告:被後見人の相続人7人のうちの1人の代理人を名乗る行政書士

 

原告が、被告に対し、被告による原告を対象とする司法書士法49条1項に基づく懲戒請求が不法行為に当たるとして、慰謝料300万円を請求し、20万円が認容された事件。

 

 

【登場人物】

原告

被告

被後見人・・・原告が後見人を務めていたご本人

A・・・被後見人の後妻の姪(被後見人の相続人ではない・後見等開始申立の申立人・被後見人を火葬した)

X・・・被後見人の相続人の1人

D・・・被後見人の相続人の1人

Z・・・被後見人の相続人の1人

X1・・・Xの子(被後見人の相続人ではない)

 

 

【時系列表】(パソコン画面での閲覧を推奨します)

【争点】

  1 不法行為の成否-本件懲戒請求の違法性の有無

  2 原告の損害(省略)

 

 

 

【争点1について双方の主張の抜粋】

 

=原告の主張=

 

ア 司法書士法49条1項に基づく懲戒請求の違法性判断基準

 司法書士法49条1項に基づく懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠く場合において、請求者が、そのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのに、あえて懲戒を請求するなど、懲戒請求が司法書士懲戒制度の趣旨目的に照らして相当性を欠くと認められるときは、違法な懲戒請求として不法行為を構成する。

 

イ 本件懲戒請求の事実上又は法律上の根拠

 (ア)本件懲戒理由①について

 成年後見人は、被後見人の死亡によりその業務が終了することから、同死亡の事実を相続人全員に伝える法的義務を負わない。

 被後見人を荼毘に付したのは、相続人の一人のAである。

 原告は、以下の経緯により、被後見人死亡の事実を相続人らに知らせなかった。

 Ⅰ被後見人は、晩年、相続人らとは疎遠になっており、専らAが被後見人の世話をしていた。

 ⅡDは、被後見人に関することは全てAに任せる旨を述べた。

 ⅢAは、被後見人の入院時の緊急連絡先となり、また、同人につき成年後見の申立てをした。

 ⅣAは、退院後の被後見人を自身の自宅に近い施設に入居させ、同施設においても被後見人の緊急連絡先となった。

 Ⅴ原告も、被後見人に関する事項については、専らAに連絡、相談していた。

 Ⅵ被後見人の相続人らは、生前の被後見人に関わろうとしなかった。 

 ⅦX1は、被後見人の相続人ではないにもかかわらず、Aに対して被後見人の身柄の引渡しを求める、原告に対して被後見人の死後事務をG協会に委託することを求める趣旨のファクシミリを送ってくるなど不可解な行動に及んでいた。そのために、原告は、被後見人に関する事項をX1やその実母であるXに任せることができなかった。

 Ⅷ現に、第一小理事会も、本件懲戒理由①に関しては違法行為がない旨の判断をした。本件注意勧告は、第一小理事会において、原告が綱紀調査委員会の調査に協力しなかったことをもって司法書士法違反、○○司法書士会会則違反を認定したものにすぎない。

 以上によれば、本件懲戒理由①が事実上又は法律上の根拠を欠くことは明らかである。

 

(イ)本件懲戒理由②について

 Ⅰ原告は、民法918条2項に基づいて被後見人を被相続人とする相続財産管理人選任の申立てをしている。

 Ⅱ被告は、行政書士であり、代理人を務める資格を有していない。

 Ⅲ原告は、○○家庭裁判所に相談したうえで、相続財産管理人選任の申立てをした。

 Ⅳ前記(ア)と同様に、第一小理事会も、本件懲戒理由②に関しては違法行為がない旨の判断をした。本件注意勧告は、第一小理事会において、原告が綱紀調査委員会の調査に協力しなかったことをもって司法書士法違反、○○司法書士会会則違反を認定したものにすぎない。

 Ⅴ上記申立てに至るまでの間、原告が被後見人の相続人らに対して相続財産の引継ぎについて回答を求めたことにつき、違法な点はない。本件のように相続人が多数存在する場合、相続財産の引渡しには細心の注意を払うことが求められ、殊に代表相続人が定まらない状況において特定の相続人に全ての相続財産を引き渡すことは、原告自身が注意義務違反に問われ得る行為といえる。

 以上によれば、本件懲戒理由②が事実上又は法律上の根拠を欠くことは明らかである。

 

ウ 被告において、本件懲戒理由①及び②が事実上又は法律上の根拠を欠くことを知りながら、又は通常人であれば普通の注意を払うことにより知り得たといえるか。

 被告は、行政書士である以上、通常人よりも高度な注意義務を負うところ、成年後見人が被後見人死亡の事実を相続人全員に伝える法的義務を負わないこと(本件懲戒理由①)、原告が被後見人の相続人らに対して相続財産の引継ぎについて回答を求めたこと及び○○家庭裁判所に相続財産管理人選任の申立てをし、同裁判所によって相続財産管理人に選任されたことにつき違法な点はないこと(本件懲戒理由②)については、上記注意義務を負う者としての通常の注意を払えば容易に知り得たものということができる。

 被後見人を荼毘に付したのが原告ではなく、Aであったこと(本件懲戒理由①)についても、被後見人の相続人や葬儀会社に確認すれば容易に知り得る事実である。加えて、被告は、本件懲戒請求をする前に、原告に事実確認をすべきであった。しかし、被告は、遺族から葬儀会社に問い合わせた内容を伝え聞いただけで原告が被後見人を荼毘に付したものと思い込み、同事実関係を原告に直接確認することも委任者であるXをして原告に確認させることもしなかったのであり、上記注意義務を負う者としての通常の注意を払っていたとはいい難い。

 以上によれば、被告は、本件懲戒理由①及び②が事実上又は法律上の根拠を欠くことにつき、通常の注意を払わなかったために知り得なかったものということができる。

 

エ 本件懲戒請求の違法性

 前記イ及びウに加え、本件懲戒請求は、専らX1及び被告の私怨によりなされたものといえる。すなわち、前記イ(ア)のとおり、X1は、原告に対して被後見人の死後事務をG協会に委託することを求める趣旨のファクシミリを送ってくるなど、法的権限なく種々の要求をしてきた。原告は、X1の要求を断り、同人と連絡を取らないようにした。

 被告は、前記イ(イ)のとおり、平成27年12月16日、原告に対し、Xの代理人に就任したことを告げるとともに今後は専ら自身を連絡先とするよう求めてきたが、原告は、被告の行為がいわゆる非弁行為に該当する旨を指摘して、被告の上記要求には応じられない旨を述べた。

 X名義で○○司法書士会に提出された甲○○号証は、実際にはX1が作成したものであり、同人が本件懲戒請求に関与したものということができる。

 これらの事実に鑑みると、本件懲戒請求は、X1及び被告において原告に対する意趣返しを主目的としてなされたものとみられる。

 以上によれば、本件懲戒請求は、司法書士懲戒制度の趣旨目的に照らして相当性を欠き、違法であり、不法行為が成立する。

=被告の主張=

 

ア 本件懲戒請求の事実上又は法律上の根拠について

 (ア)本件の経緯について

 Xは、被後見人の生前に同人を見舞おうと考えていた。X1は、このようなXの意向を受けて高齢の同人に代わり、被後見人の成年後見人を務めていた原告に対し、被後見人の居所を問い合わせたが、原告は、個人情報の保護を理由として被後見人の連絡先や居所の教示を拒否した。

 X1がAに対して被後見人の身柄の引渡しを求めたことはない。

 原告指摘に係る被後見人の死後事務をG協会に委託することを求める趣旨のファクシミリは、X1において被後見人の死後に原告の手を煩わせることを避けるために親族と相談の上で親族を代表して原告に送ったものである。

 

 ※死亡後の経緯は時系列のとおり

 

 Xは、従前からの原告の対応について不信感を抱いていたので、X1の知人であった被告に被後見人の相続手続を委任することとした。なお、行政書士は、行政書士法1条の2第1項に基づき、紛争性のない遺産分割手続について相続人の代理人を務めることができ、遺産分割協議書や親族関係説明図の作成等の事務に携わることができる。

 

 (イ)本件懲戒理由①について

 Xが実兄の被後見人の死亡に当たり最後に同人の遺体を拝したいとの心情を抱くのは、自然なことである。また、被後見人が死亡すれば相続が発生し、葬儀や遺骨の引取り等の様々な事務が生じる。

 それにもかかわらず、原告は、Xを含む被後見人の相続人らに対し、被後見人の死亡及び同人を荼毘に付したことを伝えるとともに相続財産の引継ぎに関する意向を尋ねる文書を送付したにとどまり、詳細な経緯を説明しなかった。なお、同文書の記載は、原告が被後見人を荼毘に付した趣旨と解するのが自然である。

 以上によれば、被後見人の死亡に関する原告の一連の対応は、Xを含む相続人らの感情を無視したずさんなものであり、司法書士としての品位を欠いた不誠実なものといえる。

 

 (ウ)本件懲戒請求②について

 相続財産管理人選任の申立てをすることができるのは、相続人のあることが明らかでないときであるところ(民法952条1項、951条)、前記(ア)の経緯に鑑みれば、原告が相続財産管理人選任の申立てをする前の時点において、既に相続人の存在が明らかであった蓋然性が高い。上記申立ては、民法952条1項、951条所定の要件を欠いていた可能性がある。

 前記(ア)のとおり、原告は、平成27年12月18日、X1に対し、被後見人の全相続人につき各自が被後見人の遺産分割手続を被告に委任する旨の各委任状及び各自の印鑑登録証明書を原告に提出することを指示した。X1及びXは、提出を指示された上記書類を取得するために、多大な労力を費やすとともに費用の支出を余儀なくされた。

 しかし、原告は、X1に上記指示を与えた後、1週間足らずで○○家庭裁判所に対して被後見人の相続財産管理人選任の申立てを行い、平成28年1月6日、同相続財産管理人に選任された。原告は、上記指示をしておきながら、XやX1に対し、上記指示に係る事務の進捗状況を確認することはなく、相続財産管理人選任の事実も直ちに知らせなかった。さらに、原告は、同月18日、X1から、取り急ぎ委任状は全てそろえた旨の電話連絡を受けながら、自ら電話に応対することも折り返し連絡することもしないまま、同月20日、相続財産管理人就任の旨を知らせる文書をXらに送付した。

 以上の原告の一連の対応は、相続人やその親族の立場を無視して徒に負担を強いるものであり、司法書士としての品位を欠いた不誠実なものといえる。

 

イ 本件懲戒請求の違法性について

 前記アによれば、本件懲戒請求は、事実上又は法律上の根拠を伴うものといえ、違法性は認められず、不法行為は成立しない。


 

 

【争点1についての裁判所の判断の抜粋】

 

 (1)司法書士法49条1項に基づく懲戒請求の判断基準

 司法書士法49条1項に基づく懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠く場合において、請求者が,そのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのに、あえて懲戒を請求するなど、懲戒請求が司法書士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるときには、違法な懲戒請求として不法行為を構成すると解するのが相当である(弁護士法58条1項に基づく懲戒請求についての最高裁平成17年(受)第2126号同19年4月24日第三小法廷判決・民集61巻3号1102頁参照)。

 

 (2)認定事実

 ア 原告が成年後見人に就任した経緯

  ・被後見人の生い立ち等

  ・被後見人には7名の推定相続人がいたこと

  ・いずれの推定相続人とも疎遠であったこと

  ・Aがキーパーソンとして被後見人を支えていたこと

  ・後見等開始申立にあたり、Dが、協力できない旨及び他の者も反対する者はいないと思う旨を述べたこと

 イ 原告が相続財産管理人に就任した経緯

 (ア)被後見人の死亡に関して

  ・同文書に、被後見人が「お亡くなりになると、成年後見人の任務が終了します。引き続き下記①~⑦の死後事務が必要な場合には当職にて対応いたしますが、ご親族の皆様から委任頂く必要があります。後見終了時に、ご検討をお願いすることになります。(中略)②ご遺体の引き取り ③葬儀の施行とその費用の支払い(以下略)」との記載があること

  ・Bが、平成27年10月27日に死亡した。原告は、同年12月、Bの死亡に伴い同人の相続人となった上記7名の推定相続人らに対し、Bの死亡を伝える同月4日付け文書と共に回答書の書式(甲8)を送付した。上記文書には「10月31日にご遺体を荼毘に付し、現在葬儀会社○○株式会社にてお骨を保管して頂いております。」と記載されており、上記回答書には、遺骨の引き取り及び納骨の希望の有無、相続放棄の可能性の有無等の質問事項に加え、相続人の代表者を選定して同代表者の氏名を明らかにすることを求める内容が記載されていること

 (イ)原告と被告及びFとのやり取り

  ・時系列表どおり 

 (ウ)原告の相続財産管理人就任

  ・時系列表どおり

 ウ 本件懲戒請求に至る経緯

  ・時系列表どおり

 エ 本件懲戒請求の経緯

  ・X及びX1が、原告において平成27年12月の電話で相続人全員の委任状及び印鑑登録証明書の提出をX1に指示しておきながら、その後の同人からの電話連絡に自ら応対することも折り返すこともなく、何ら連絡がないままに、一方的な通知をされたものと捉えたこと

  ・X及びX1が、上記指示に従って他の相続人らから被告に対する委任状を集めたにもかかわらず、その労力が無駄になったと感じたこと

 

 

 (3)検討 (赤字は髙野加入)(青字は髙野色付け)

 

 ア 本件懲戒理由①について

(懲戒の趣旨の確認)

 本件懲戒理由①は、被後見人の成年後見人に就任していた原告において、平成27年10月27日に被後見人が死亡した後、同死亡の事実を遺族に知らせないまま荼毘に付し、その遺骨を現在に至るまで葬儀会社に保管させたままにしていることと解される。

(成年後見人の原則的な任務と例外的な任務)

 成年後見人の任務は、成年被後見人の死亡により終了するものであるから、同死亡後に生じる葬儀、相続等に関する事務は、原則として成年後見人の任務ではない。

 しかし、成年後見人は、成年被後見人が死亡した場合において、必要があるときは、成年被後見人の相続人の意思に反することが明らかなときを除き、相続人が相続財産を管理することができるに至るまで、相続財産に関する特定の財産の保存に必要な行為等をすることができる旨の民法873条の2、委任終了時において急迫の事情があるときは、受任者等は委任者又はその相続人等が委任事務を処理することができるに至るまで、必要な処分をしなければならない旨の同法654条を後見について準用する同法874条に鑑みると、成年後見人において法的根拠に基づき成年被後見人死亡後の事務すなわちいわゆる死後事務を行う場合もあるものと考えられる。

(本件における具体的な事実)

 原告自身、成年後見人に就任した後、Xを含む被後見人の推定相続人7名に対し、自身が成年後見人に就任したことを知らせる平成25年4月2日付け文書とともに、被後見人が「お亡くなりになると、成年後見人の任務が終了します。引き続き下記①~⑦の死後事務が必要な場合には当職にて対応いたしますが、ご親族の皆様から委任頂く必要があります。後見終了時に、ご検討をお願いすることになります。(中略)②ご遺体の引き取り ③葬儀の施行とその費用の支払い(以下略)」との記載がある同日付け文書を送付した。上記記載は、被後見人の死亡による原告の成年後見人の任務終了時において、上記推定相続人らに対し、被後見人のご遺体の引き取り、葬儀の施行とその費用の支払等の死後事務につき、原告に委任するかどうかの検討を依頼することになる旨を述べるもので、被後見人が死亡した場合、遅くともその葬儀前に同死亡の事実を上記推定相続人らに通知することを前提としたものと解され、上記推定相続人らも、同通知を期待していたものと推認することができる。しかし、原告は、被後見人が平成27年10月27日に死亡してAにより荼毘に付された後、被後見人の死亡に伴い同人の相続人となった上記7名の推定相続人らに対し、「10月31日にご遺体を荼毘に付し、現在葬儀会社○○株式会社にてお骨を保管して頂いております。」と記載された同年12月4日付け文書を送付した。

(あてはめ)

 原告は、上記推定相続人らに対し、被後見人死亡の事実を通知する法的義務を負うものとまではいえない。しかし、原告において、成年後見人就任に際して自ら上記推定相続人らに送付した平成25年4月2日付け文書の上記前提に反し、Aによる被後見人の火葬の前に、同人死亡の事実を上記推定相続人らに通知しなかったことは明らかといえる。

(アの結論)

 以上の点に鑑みると、本件懲戒理由①は、事実上又は法律上の根拠を欠くものの、被告において、そのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たとまでは認めるに足りない。

 

 イ 本件懲戒理由②について

(懲戒の趣旨の確認)

 本件懲戒理由②は、原告が、被後見人の相続人である遺族と連絡を取ることができる状態であったにもかかわらず、東京家庭裁判所に対して被後見人の相続財産管理人選任を申し立てたことと解される。

(918条2項の相続財産管理人の位置づけ) 

 原告は、平成27年12月25日、東京家庭裁判所に対し、民法918条2項に基づく相続財産管理人選任の申立てを行い、同裁判所は、平成28年1月6日、同申立てを相当と認め、同項に基づき、被後見人の相続財産管理人として原告を選任した。同項においては、「家庭裁判所は、利害関係人又は検察官の請求によって、いつでも、相続財産の保存に必要な処分を命ずることができる。」と規定されており、上記請求についての特段の要件は設けられていない。「相続人のあることが明らかでないとき」(同法951条)に限り、「前条の場合には、家庭裁判所は、利害関係人又は検察官の請求によって、相続財産の管理人を選任しなければならない。」と定めた同法952条1項と異なり、同法918条2項の趣旨は、家庭裁判所に対し、利害関係人又は検察官の請求によって、相続財産に関する種々の状況に応じて随時に相続財産管理人選任を含め相続財産の保存に必要な処分を命ずる権限を認めたものと解され、上記請求も、相続財産に関する種々の状況に応じて随時にすることができるものといえる。したがって、原告による相続財産管理人の選任の申立て自体、何ら違法なものではないことは明らかである。

(原告被告間のやり取りの具体的な事実)

 上記申立てに至る経緯についてみると、①平成27年12月17日頃、被告が、原告に電話連絡し、Xからの回答書の受領を確認するとともに、被後見人の相続財産を引き渡してもらえないかと述べたところ、原告は、被告の行為は非弁行為である可能性が高いので確認する、Xからの回答書受領の有無については相続人に回答する旨を述べたこと、②①の数日後、X1が、原告に電話連絡し、被後見人の相続財産引渡しを被告に一任したことを告げるとともに同相続財産を被告に引き渡すことを求めたこと、③原告は、X1に対し、現状において被告に相続財産を引き渡すことはできない旨を明言して、被告に対する相続財産の引渡しを希望するのであれば、相続財産の引渡しを被告に委任する旨の実印が押捺された委任状及び印鑑登録証明書を相続人全員から集めて提出するよう述べたことが認められる。

(原告の行動の妥当性)

 原告は、被後見人の相続人ら7名に対し、同人の死亡を伝える同月4日付け文書とともに相続放棄の可能性の有無等の質問事項や相続人代表者を選定して同代表者の氏名を明らかにすることを求めることなどが記載された回答書の書式を送付したが、返送してきたのはXほか1名のみであり、その余の5名の相続人については、相続放棄の可能性の有無も相続人代表者選定に関する意向も不明であった。したがって、いまだ相続放棄の熟慮期間(民法915条1項)が経過していない同年12月の時点においては、被後見人の最終的な相続人の有無及び人数も、相続人代表者も未定の状態にあった。しかも、生前の被後見人はXを含む7名の相続人らと疎遠であり、被後見人の推定相続人ではないAが被後見人の介護のキーパーソンであったことに鑑みると、上記7名の相続人らについて相続放棄の見込みや相続人の代表者の候補者を予想することも困難であったものと推認される。上記回答書の返送状況等に鑑みると、上記相続人らの間で相続財産について協議が実施されて合意が形成されていることもうかがわれない。このような状況下における7名という多数の共同相続人1人であるXからの相続財産引渡しの請求、その余の相続人らにおいて同請求に異議がないことが確認されない限り、将来的に相続財産をめぐる紛争を招く可能性が否定できない。原告は、被後見人の死亡によって成年後見人としての任務が終了した後も、民法873条の2や、同法654条を準用する同法874条の法意に鑑みて被後見人の相続財産の帰趨が決まるまでこれを管理していたものとみることができるが、上記のとおり上記相続財産の帰趨の目途も立っていない状況下において上記請求に安易に応じることは、相続財産の管理についての注意義務違反を問われるおそれがあるものということができる。また、そのような状況下において、権利義務又は事実証明に関する書類の作成権限を有するにとどまる(行政書士法1条の2)行政書士である被告が、上記のとおり紛争を招く可能性もあるXからの相続財産引渡しの請求を同人に代わって原告に伝えてきたことにつき、原告が非弁行為との疑いを抱いたのも、不合理とはいえない。

(まとめ)

 したがって、原告による上記①から③の対応につき、違法な点はない。なお、原告は、③のとおり、X1に対し、相続財産の引渡しを希望するのであれば、相続財産の引渡しを被告に委任する旨の実印が押捺された委任状及び印鑑登録証明書を全相続人から集めて提出するよう述べながら、その直後に東京家庭裁判所に対する相続財産管理人選任の申立てをしたものと認められる。この点に関しても、原告が、上記のとおり相続財産の帰趨の目途も立っていない当時の状況下において、共同相続人の1人から相続財産の引渡しの請求を受け、対応に窮して東京家庭裁判所に相談の上、手続教示に従って上記申立てをしたことは、相続財産の管理に慎重を期した行動として十分に理解することができる。

(イの結論)

 以上の点に鑑みると、本件懲戒理由②は、事実上又は法律上の根拠を欠き、被告において、そのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得るものといえる。それにもかかわらず、被告は、本件懲戒理由②に関し、民法918条2項の趣旨等について調査、検討を行うこともなく、あえて本件懲戒請求に及んだものと認められるから、本件懲戒請求は、司法書士懲戒制度の趣旨目的に照らして相当性を欠く違法なものであって、不法行為が成立するということができる。

 

 (4)被告の主張について

 

 被告は、①原告による相続財産管理人選任の申立ては、民法952条1項、951条所定の要件を欠いていた可能性がある、②原告は、X1に対し、遺産分割手続を被告に委任する旨の実印が押捺された委任状及び印鑑登録証明書を全相続人から集めて原告に提出するよう指示しながら、その後1週間足らずで相続財産管理人選任の申立てを行い、XやX1に対し、上記指示にかかる事務の進捗状況を確認することもなく、相続財産管理人選任の事実も直ちに知らせなかった、平成28年1月18日、Xから、取り急ぎ委任状は全てそろえた旨の電話連絡を受けながら、自ら電話に応対することも折り返し連絡することもしなかったなどとして、原告の一連の対応は、司法書士としての品位を欠いた不誠実なものといえる旨主張する。

 

 しかし、①の点は、前記(3)イのとおり、原告は民法918条2項に基づく相続財産管理人選任の申立てをしていることから、主張自体失当である。

 

 ②の点も、前記(3)イのとおり、相続財産管理人選任の申立て自体及びその前後の経緯において、原告の行動、対応に違法な点はない、X1に対し、Xが相続人代表者として相続財産の引渡しを受けることを前提とする書類の提出を指示したことも、相続人代表者が相続財産管理人から相続財産の引継ぎを受けることもあり得るから、相続財産管理人選任の申立てと矛盾するとはいえない。その他、原告の対応に、司法書士としての品位を欠いた不誠実なものとまで評価すべき点はない。

 

 以上によれば、被告の上記主張を採用することはできない。