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活用する成年後見制度

 

 

もくじ

 第1 はじめに

 第2 複数後見制度の活用

  1 条文

  2 複数の後見人の選任

  3 メリット

   (1)緊急時の対応

   (2)報酬の按分

   (3)スポット後見のような使い方

  4 事例

 第3 補助制度の活用

  1 条文

  2 補助制度の特徴

   (1)3つの類型

   (2)同意権付与の取消・代理権付与の取消

   (3)3つのパターン

   (4)開始取消

   (5)立案担当者の想定・現場書記官の認識

  3 事例

 第4 さいごに

 

 

 

第1 はじめに

 

 こんにちは、川のほとり司法書士事務所の髙野守道です。私の事務所では、成年後見業務が最も多い業務です。その原因は、もともと私がやりたい業務であったこと、自分で自分に向いていると思える業務であったこと、が考えられます。他の方がやりたがらない案件でも断ることなく受任し続けています。

受任し続けていると言っても、登記業務と違い、次から次へと膨大な数をこなしていくものではありません。就任すれば、原則、ご本人か私が亡くなるまでのお付き合いになります。年単位、十年単位でのお付き合いです。毎月1件受けても年間12件、その程度の数しか経験できません。5年続けて60件、10年続けて120件です。一方、登記を中心にやっている事務所が、年間の登記件数12件では生きていけませんから、その違いがはっきりしていると言えます。後見業務が次から次へと数をこなす業務ではないということは、経験値が蓄積されにくい業務であることを意味します。

 そういう一面があるからかもしれませんが、成年後見業務について、ネガティブな情報や誤った情報が世間に拡がる一方で、有効と考えられる活用方法が知られていないのではないかと思える現実があります。

 

 そこで、若手のなかでは比較的後見業務をやっているのではないかと自負する自分が考える2つの有効な活用方法をご紹介します。後見制度の利用を考えている方、一度利用を検討したものの断念された方、このような方々の参考になったら嬉しいです。専門職の方には当たり前の話が続くと思いますが、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。

 

 ※条文部分は読み飛ばして先にお進みいただいて、条文が出てきましたら随時ご参照ください。

第2 複数後見制度の活用

 

 1 条文

 民法

 第843条 

  家庭裁判所は、後見開始の審判をするときは、職権で、成年後見人を選任する。

 2 成年後見人が欠けたときは、家庭裁判所は、成年被後見人若しくはその親族その他の利害関係人の請求により又は職権で、成年後見人を選任する。

 3 成年後見人が選任されている場合においても、家庭裁判所は、必要があると認めるときは、前項に規定する者若しくは成年後見人の請求により又は職権で、更に成年後見人を選任することができる。

 4 成年後見人を選任するには、成年被後見人の心身の状態並びに生活及び財産の状況、成年後見人となる者の職業及び経歴並びに成年被後見人との利害関係の有無(成年後見人となる者が法人であるときは、その事業の種類及び内容並びにその法人及びその代表者と成年被後見人との利害関係の有無)、成年被後見人の意見その他一切の事情を考慮しなければならない。

 

 第859条の2 

  成年後見人が数人あるときは、家庭裁判所は、職権で、数人の成年後見人が、共同して又は事務を分掌して、その権限を行使すべきことを定めることができる。

 2 家庭裁判所は、職権で、前項の規定による定めを取り消すことができる。

 3 成年後見人が数人あるときは、第三者の意思表示は、その一人に対してすれば足りる。

 2 複数の後見人の選任

 民法第843条第1項、第3項によって、家庭裁判所は、複数の後見人を選任することができます。これは、補助・保佐にも準用されています。

 さらに、家庭裁判所は、選任した複数の後見人について、民法第859条の2第1項によって、その事務を分掌したり、権限の共同行使の定めをしたりすることができます。

 事務の分掌とは、後見人の事務である財産管理の事務と身上保護の事務を、後見人ごとによって分けることを言います。例えば、「後見人Aは財産管理をする。後見人Bは身上保護をする。」とか「後見人Aは身上保護をする。後見人Bは財産管理と身上保護をする。」といった具合です。

 実際に選任されるパターンでもっとも多いのは、親族後見人+専門職後見人でしょう。私が経験してきた複数後見もほとんどがこのパターンです。つまり、ご本人を、ご家族とともに専門職が支援する形です。ご本人のことをよく知るご家族+対裁判所を含めて法的な支援をする専門職、という形になり、それぞれの特性が生かせる形だと思います。

 珍しいケースは、専門職後見人+専門職後見人の形です。私は、社会福祉士さんと組んだことがあります。選任に縛りがないことを考えると、親族後見人+親族後見人というケースがあってもいいでしょう。いつか、そのような形の申立に関わってみたいですね。

 3 メリット

 ところで、複数後見のメリットってなんでしょうか。

 

(1)緊急時の対応 

 まず、後見人自身の緊急時でも支援が途絶えない、ということが挙げられます。昨今の状況から、後見人自身がコロナウイルスに感染してしまったケースを想像していただければイメージしやすいと思います。そのとき、もう一人後見人がいれば、ご本人への支援が途絶えることなく、各種支払い・申請・手続き・生活費のお届け等が行われます。これが一人だと、途端に途絶えてしまいますので、大きなメリットです。実は、私が就任しているケースでも、もう一人の後見人の方が感染してしまったというケースが複数ありましたし、私自身が感染してしまったときはもう一人の方に助けていただきました。複数ではないケースについては、私がコロナに罹患している間、ひたすら何も起きないことを願っていたものです(何も起きませんでした!)。後見人も人間ですから、思いがけない病気や事故に遭遇してしまうことがあります。そのとき、複数後見は、大きな威力を発揮します。

 

(2)報酬の按分

 次に、報酬の按分が挙げられます。ときどき、複数後見ということは報酬も2人分になるのではないかと思われている方がいらっしゃいますが、私の知る限り、そのようなことはありません。複数後見の報酬は、後見人が1人のときの報酬と変わらず、それを按分します。これは、考えようによっては、家族の外部に流れるお金(専門職の報酬)が少なくて済むということになります。

 東京家裁が公表している「成年後見人等の報酬額のめやす」のなかの「4 複数成年後見人等」には、こう書かれています。

 

 「成年後見人等が複数の場合には,上記2及び3の報酬額を,分掌事務の内容に応じて,適宜の割合で按分します。」

 

 後見人等の報酬というのは、もともと裁判官の専権事項であり、理論立てて説明できるものではありません。なので、私の経験でお話をします。これまでの経験上、50%と50%のケースもありましたし、少し差がつけられるケースもありました。差がつけられると言いましても、52%と48%程度の差でした。これまでに何回か、報酬付与の申立ての際、50%と50%にしてもらいたい旨の上申書を添付したことがあるのですが、そのとおりになったこともあれば、そのとおりにならなかったこともありました。やはり、裁判官が、その裁量で決定しているということですね。個人的には、その後の活動のスムーズさなども考えると、気持ちよく半分ずつにしてもらいたいところです。

 

(3)スポット後見のような使い方

 親族後見人をやりたいと考えているけど、いわゆる課題のあるケースだから親族後見人は選任されそうもないので躊躇されているような場合、複数後見を選択することによって、専門職とともに選任される可能性が充分考えられます。

 まず、東京家裁が公表している、親族後見人候補者がいても候補者以外の者が選任されたり監督人が選任されたりするケースのいくつかを確認してみましょう。

 

 ① 親族間に意見の対立がある

 ② 財産の額や種類が多い

 ③ 不動産の売買や生命保険金の受領が予定されているなど,申立ての動機となった課題が重要な法律行為を含んでいる場合

 ④ 遺産分割協議など,後見人等候補者と本人との間で利益相反する行為について,監督人に本人の代理をしてもらう必要がある場合 

 

 このほか⑮まで挙げられているのですが、上の4つが多いケースなのではないかと思います。このうち、②③④については、私の経験上、専門職との複数後見を選択することによって、問題なく選任されると考えられます。①は厳しいのではないでしょうか。事情にもよると思いますけど、親族後見人候補者がいて、親族間での意見の対立があるケースは、最も選任されにくいのではないかと考えます。

 ②③④について、複数後見を利用した時のメリットは、親族後見人も選任されて良い、ただそれだけではありません。最大のメリットは、課題解決後の専門職の辞任です。専門職が辞任すれば、もともと望んでいた親族後見人だけという形が実現できます。最初から信頼している知り合いの専門家に複数後見で入ってもらえば課題解決も安心して任せられますし、課題解決後はもともと望んでいた親族後見人だけの形になり言うことなしですね。このやり方は実際に何件かやっていて、お勧めです。具体的には下のような流れになります。

 

複数後見人の選任

  ↓

専門職が課題解決(例えば、不動産の売却完了)

  ↓

後見制度支援信託を利用して手許の管理財産(普通預金)を500万円以下にする

  ↓

専門職の辞任=親族後見人だけ残る

 

 ※管理財産が少なければ支援信託をする必要はありません。

 ※選任~辞任まで1~2年のイメージです。

 4 事例

 イメージをつかむために完全に架空の事例で流れをみてみます。

 

 Cは重度の知的障害者でグループホームで生活しています。Cの兄弟は、A・B・C・Dの4人兄弟で、とても仲が良い兄弟です。全員成年に達しており、AとBは自分の家庭を築き、Dは独身で海外赴任中です。先月、父親のXが死亡しました。母親のYは5年前に他界しています。なので、Xの相続人は4人の子供たちです。Xの相続財産は、自宅の不動産(土地・建物)と預金の100万円だけでした。自宅に居住したい者はなく、A・B・Dの話し合いの結果、不動産を売却して売却代金と100万円を4等分するのがいいのではないかとなりました。

 しかし、調べてみると、遺産分割をするにも、相続財産の不動産を売却するにもCの意思表示が必要であることがわかりました。そこで、Aは、近所を流れる川のほとりにある司法書士事務所へ相談に行きました。事務所に行くと背が低いのに高野という名前の人物が出てきました。

 

高「状況はわかりました。いくつか質問をさせてください。」

A「はい、どうぞ。」

 

高「これまでのCさんの財産管理は、どなたがされていたのですか?」

A「親父が元気なうちは親父がやっていましたけど、数年前に病気になってからは私がやっています。」

 

高「なるほど。今後もAさんが支援をお続けになる予定ですか?」

A「そうですね。Bは他県に住んでいますし、Dは海外在住ですからね。私はCのグループホームにも近いですし、実際にやってきたのでね。Cはかわいいやつですし、ほっとくことはできないです。」

 

高「他のご兄弟は、AさんがCさんの財産を管理することに反対されていない感じですか?」

A「反対?反対なんかしていません。それよりも、これからも頼むと言われてます。私が長男ですし。今どき珍しいかもしれませんけど、兄弟全員、仲がいいんですよ。もちろんCも含めてです。Dだって日本に戻ってくれば必ずCの顔を見に行くくらいです。」

 

高「そうですか。それはいいですね。相続財産の分け方も4等分ということでA・B・Dさんが納得していて、不動産を売却して現金で分けようということですね。」

A「そうです。ただ、遺産分割がどうとか、売る前に登記がどうとか、そもそも後見人が必要だとか、いろいろ周りに言われまして、どうしたものかと思っていたところ、川沿いを散歩しているときに見かけた看板を思い出してここに来たのです。」

 

高「ありがとうございます。私からのご提案は、このようなものです。お話を聞く限り、遺産分割や売却するためにはCさんに成年後見人が必要と思われます。ご家族の状況的にはAさんが後見人になるのが良さそうですね。」

A「ええ、私もそう思っていました。そうなるでしょうね。」

 

高「ただ、AさんはCさんと共に相続人なので、Aさんが後見人になるといわゆる利益相反という状態になります。」

A「利益相反・・。何となく聞いたことはあります。」

 

高「そうなると、Aさんだけを後見人候補者として後見開始の申立てをした場合、第三者の弁護士や司法書士が就任する可能性があります。うまくAさんが選任されたとしても、監督人に弁護士や司法書士が就任する可能性がやはりありますね。」

A「そうなんですか・・・」

 

高「東京家裁は、親族後見人候補者がいる場合でも弁護士・司法書士が選任されるかもしれないケースとして、遺産分割のためとか不動産売却のための後見開始の申立てを例に挙げています。」

A「家族内は全員私がやることに賛成してくれると思いますし、4等分の遺産分割なら問題ないと思うのですが?」

 

高「はい、お気持ちはよくわかります。ですが、家裁の運用というのも現実です。そこで、こういうケースでよくやるのは、私とAさんが一緒に後見人になることです。複数後見なんて言い方します。」

A「複数後見?」

 

高「はい。後見人が複数選ばれるということです。」

A「はぁ。でも、そうなると先生には報酬がかかるでしょう?」

 

高「ごめんなさい。それは発生します。」

A「Cはまだ50代ですから、今後、一生、先生に報酬をお支払いし続けたら破産ですよ(笑)無理無理。」

 

高「そうですよね。だから、私は課題が解決したら辞任するんです。」

A「え?辞任?後見人て辞任できるんですか?調べたら辞任できないって書いてありましたよ?」

 

高「ええ。原則は、できません。ただし、正当な事由があれば辞任は可能です。家裁の許可は必要ですけどね。このようなケースでは、申立ての時からそのストーリーを全部明らかにして申立てをしています。家族的にはAさんが適任、誰も反対していない、実際に支援してきた、でも利益相反になる、不動産売却もある、だから専門職との複数後見を使う、専門職は課題解決後に辞任する。大まかに言うとこのようなストーリーを書いてしまいます。」

A「それが書いてあればOKなのですか?」

 

高「いえ、そうではありません。家裁にも知っておいてもらう程度のことです。そのうえで、そのとおりに順調に進め、なおかつ、『Aさんの後見業務も問題ないです、もうこれ以上私がいる必要がありません、もともと家族は全員Aさんにやってほしかたのです、私も皆さんと接した結果そうあるべきだと思いました、なので私は辞任したいと思いますので許可してください。』みたいな主張を家裁に伝えます。そうすると家裁的にも、『なるほど、最初の目論見どおり課題解決が順調に行って、親族後見人が一人でやっていけそうで、家族も望んでいるのか、ふむふむ』となるわけですね。」

A「本当にそんなにうまくいくのですか?」

 

高「はい、これまでも何件か同じように進めて辞任しています。もちろん、嘘を書くわけにはいかないので、後見業務を一緒にやっていくなかで、辞任すべきではないと判断したら、辞任はしませんけれども。」

A「例えば?」

 

高「例えば・・・Aさんが怪しいとか・・・!?(笑)」

A「はははは、それは確かに辞任しちゃダメだね!」

 

高「あとは、想定外のことが起きてしまって辞任できなくなってしまったケースとかもあります。守秘義務の関係で具体的にはお話しできないのですが。」

A「ふむ。時間的にはどれくらいかな?」

 

高「そうですね、Cさんのケースは皆さん協力してくれそうですし、1年以内に遺産分割と不動産の売却が可能と思います。不動産の売却をすると、翌年の確定申告までお付き合いすることが多いですね。」

A「あ、なるほど、確定申告しないとね。そうか。」

 

高「なかには信頼をしていただいたようで、課題が解決して辞任する予定だったんですけど、そのままいてよと言ってもらえることもありました。」

A「何となくわかってきたよ。他に注意点は?」

 

高「そうですね。Cさんの資産が高額になってしまうと後見制度支援信託をしてから辞任することになるでしょうね。」

A「信託?後見の話してるんだよね?ん?」

 

高「はい。Aさんの仰った信託とは全く別の話ですね。Aさんのは『家族信託』とか『民亊信託』というもので、私が言ったのは『後見制度支援信託』というもので、後見制度のなかの話です。一定の金額を信託銀行に信託し、簡単には出金できないようにするのです。具体的に言うと、出金するには家裁の指示が必要になるんですね。後見人だけでは出金できないんです。それで後見人による横領等を防ごうという。」

A「ふーん。目安とかあるの?」

 

高「私が知る限りでは、東京家裁本庁では手許の流動資産(普通預金・現金)が500万円以内になるように信託するという基準です(家裁によって違う可能性が充分考えられます)。なので、例えば、不動産売却して分割した結果、Cさんの預金額が1500万円になったとして、毎月の収支がプラス2万円の場合、手許を300万円くらいにするように1200万円を信託する、とかですかね。」

A「500万円じゃないの?」

 

高「収支がプラスでスタートが500万円だと、すぐに超えちゃうじゃないですか。収支がマイナスならそれでもいいのかもしれませんけど、500を超えないように調整するということですね。」

A「だったら、マイナスの場合は?足りなくなっちゃうじゃん?」

 

高「いや、そういうケースでは、定期的に例えば2か月に1度信託口座から15万円を普通預金に自動的に振り替えるようなことが可能です。あ、そういえば、Cさんは重度の知的障害とおっしゃいましたよね?一応、この信託は類型が『後見』じゃないとだめなんですね。補助とか保佐では使えないんです。お話を聞く限りCさんは後見かなぁと思いますが、そういう注意点もあります。」

A「なるほどなぁ。だいたいわかった。後はない?」

 

高「そうですね、Cさんのケースは問題がなさそうですけど、一応、遺産分割はCさんの法定相続分4分の1を確保することが目安になります。絶対というわけではありませんが、理由もなくCさんは0とか、半分だけとかは無理です。あ、あと、本当に後見開始の申立てをするとなった場合に、その申立書類を作成することを私にご依頼いただくと、私の報酬と裁判所の手数料や実費などで12∼13万円がかかります。」

A「それは誰が払うの?C?」

 

高「いえ、申立てをするAさんにお支払いいただくことが原則になります。ただ、裁判所の手数料はCさんの財産から返してもらうことができます。」

A「ほかはお金かからない?」

 

高「あとは・・・、可能性としては1割以下なんですけど、申立をしてから裁判所がご本人の状態を確認するために『鑑定をします』と言うことがあります。そうなると鑑定費用というのを納める必要があり、5万円前後が多いかなと思いますがデータ上は10万円というようなケースもあるようです。」

A「そうか、じゃあ、わかりました。そういう感じで、複数ってやつで申立書類を作ってください。」

 

高「わかりました。」

 

 いかがでしたでしょうか。イメージがつかめたでしょうか。事例のようなケース以外では、8050問題や親亡きあと問題に備えるためにも使えると思います。親御さんがお元気なうちに専門職と複数後見でお子さんの支援にあたり、定期的に3人で会うようにし、親御さんがお亡くなりになったあとも本人が知っている後見人が残ることで、ご本人も安心できると思います。専門職は、ご本人のことを一番よく知っている親御さんから話を聞けますし、信頼関係を構築することができれば将来の不安を少しでも減らして親御さんも旅立てると思います。

 他のケースにおいても、複数後見を上手に使いこなしていただければ、とても良い選択肢になり得ると思いますので、ご検討されてみてはいかがでしょうか。

 

第3 補助制度の活用

 

 1 条文

 民法

 第15条 精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分である者については、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、後見人、後見監督人、保佐人、保佐監督人又は検察官の請求により、補助開始の審判をすることができる。ただし、第7条又は第11条本文に規定する原因がある者については、この限りでない。

 2 本人以外の者の請求により補助開始の審判をするには、本人の同意がなければならない。

 3 補助開始の審判は、第17条第1項の審判又は第876条の9第1項の審判とともにしなければならない。

 

 第17条第1項 家庭裁判所は、第15条第1項本文に規定する者又は補助人若しくは補助監督人の請求により、被補助人が特定の法律行為をするにはその補助人の同意を得なければならない旨の審判をすることができる。ただし、その審判によりその同意を得なければならないものとすることができる行為は、第13条第1項に規定する行為の一部に限る。

 

 第18条 第15条第1項本文に規定する原因が消滅したときは、家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族、未成年後見人、未成年後見監督人、補助人、補助監督人又は検察官の請求により、補助開始の審判を取り消さなければならない。

 2 家庭裁判所は、前項に規定する者の請求により、前条第一項の審判の全部又は一部を取り消すことができる。

 3 前条第1項の審判及び第876条の9第1項の審判をすべて取り消す場合には、家庭裁判所は、補助開始の審判を取り消さなければならない。

 

 第876条の9 家庭裁判所は、第15条第1項本文に規定する者又は補助人若しくは補助監督人の請求によって、被補助人のために特定の法律行為について補助人に代理権を付与する旨の審判をすることができる。

 2 第876条の4第2項及び第3項の規定は、前項の審判について準用する。

 

 第876条の4 (1項省略)

 2 本人以外の者の請求によって前項の審判をするには、本人の同意がなければならない。

 3 家庭裁判所は、第一項に規定する者の請求によって、同項の審判の全部又は一部を取り消すことができる。

 2 補助制度の特徴

(1)3つの類型

 後見制度には、補助・保佐・後見の3つの類型があります。その中の補助は、明らかに他の2つと違う点があります。それは、開始申立に本人の同意が必要ということです(第15条第2項)。反対に言うと、保佐と後見は、本人の同意がなくても申し立てることが可能です。これはよく知られていることだと思います。

 私がお伝えしたいのは、もう一つの大きな特徴である「補助は取り消せる」ということです。上の方に条文を複数掲げましたが、条文にハッキリと書かれていますので、家裁の特殊な運用などではなく、日本全国一律の対応です。鍵は、第18条第2項、第3項です。ちなみに、精神上の障害が消滅したので開始取消(第18条第1項)というのは、補助・保佐・後見に共通のことなので、補助の特徴とは言えません。原因の消滅による取消しではない取消しのお話をします。

 

(2)同意権付与の取消・代理権付与の取消

 家庭裁判所は、第18条第2項によって、第17条第1項の審判(同意権付与の審判)をすべて取り消すことができます。同じように、第876条の9第2項で準用する第876条の4第3項によって、第876条の9第1項の審判(代理権の付与の審判)をすべて取り消すことができます。そして、家庭裁判所は、第18条第3項によって、第17条第1項の審判及び第876条の9第1項の審判をすべて取り消す場合には、補助開始の審判を取り消さなければなりません。

 

(3)3つのパターン

 ここで、補助制度についておさらいです。補助開始は、第17条第1項の審判又は第876条の9第1項の審判とともにしなければならないことを思い出してください(第15条第3項)。つまり、補助開始の審判は、①同意権付与の審判と同時、②代理権付与の審判と同時、③同意権付与と代理権付与の両方の審判と同時、という3つのパターンが考えられるのです。

①のケースで同意権付与の審判が第18条第2項によってすべて取り消されたらどうなるでしょうか。この場合、自然に同条第3項に当てはまります。第3項に当てはまると家庭裁判所には選択の余地がなく「補助開始の審判を取り消さなければならない」のです。②③も同様です。

 

(4)開始取消

 つまり、補助は、精神上の障害が消滅したことによる開始取消のほか、すべての同意権の消滅による開始取消、すべての代理権の消滅による開始取消、というパターンがあるのです。これは、保佐・後見にはない特徴です。保佐には、代理権を取り消す第14条第2項がありますが、取り消すことができない第13条第1項の同意権があるので、すべての代理権が消滅したとしても開始取消にはなりません。

 このことは、勘違いしている専門職もいますので、「成年後見制度って一度始めたら本人が回復する以外取り消せないですよね?」と聞いてみてください。「そんなことはない、本人の回復とは関係なく取り消せる場合がある。」とか「原則はね。でも、例外もあるよ。」とか「補助は取り消せるよ。」と回答したら、その人は後見業務を専門的に取り扱っていると判断できるかもしれません。

 反対に「そうだよ。」と回答したら、数年前の私です。鼻で笑ってやってください。恥ずかしながら、業務開始当時は理解できていませんでした。取り消せることがわかっていなくて、でも、できそうなので書記官に相談したら「できる」との回答で(そりゃそうだ。条文に書いてあるんだから。)、そして実際に取り消せて驚きました(驚くな。条文に書いてあるんだから。)。

 

(5)立案担当者の想定・現場書記官の認識

 立案担当者が執筆した『新成年後見制度の解説【改訂版】』(小林昭彦・大門匡・岩井伸晃[編著]/福本修也・岡田伸太・原司・西岡慶記[著]、きんざい、2017年)という本があります。宣伝文句の一つには「弁護士・司法書士、裁判官・裁判所書記官等の法律実務家など、成年後見制度に携わるすべての関係者にとって必携の1冊」とあります。この本のp74に、補助の取消しについて次のような記述があります。

 

 「補助開始の審判後に、その目的とされた法律行為の終了等(たとえば、遺産分割または財産処分行為の終了等)により、代理権付与および同意権付与の審判が全部取り消され、何らの代理権・同意権も伴わない空虚な状態になる場合には、本人の判断能力に変化がない場合でも、補助開始の審判の取消しを認めるのが相当です。」「補助制度は、たとえば、必要に応じて特定の事務のみについて補助人に代理権を付与し、当該事務の終了後は速やかに開始の審判を取り消すという機動的な利用方法が可能になりますので、その面でも利用しやすい制度となるものということができます。」

 

 繰り返しになりますが、この本は、立案担当者が書いた本です。実務家が独自の見解を述べたものではありません。つまり、補助制度は、最初から、利用者が利用しやすいように、特定の行為についてだけ補助制度を利用して行為終了後には取消すことが想定されているのです。

 さらに、裁判所の書記官向けの書籍『家事事件手続法下における書記官事務の運用に関する実証的研究―別表第一事件を中心に―』(裁判所職員総合研修所[監修]、司法協会、2017年)のp311とp334に、その手続きについて、『新成年後見制度の解説【改訂版】』を引用しながら解説がなされています。

実際の取消し例

3 事例

イメージしやすいように事例でみます。

 

 被相続人X、相続人はA・B・Cの3人。相続人Cは認知症の初期段階で、ときどき頓珍漢なことを言うが、生活に特に支障はない。Cの娘のZは、Cが、A・Bと、ちゃんと遺産分割協議ができるか心配している。そこで、自分のまちの司法書士事務所を検索したところ、あなたのまちの司法書士事務所グループがヒットし、グループの事務所を訪れた。

 

あ「状況はだいたいわかりました。いくつか質問させてください。」

Z「はい。どうぞ。」

 

あ「Cさんには認知症の診断が出ていますか?」

Z「はい。ちゃんとした診断書があるわけではないですけど、かかりつけの先生に認知症の初期と言われてて、今後、進行してしまう可能性もあると言われてます。」

 

あ「実際の状況はどうなんですか?Zさんから見て、判断能力は?」

Z「私は娘なので公平に見れているかわかりませんが、まだ大丈夫だと思う一方で、ときどき少し心配なときもあります。遺産分割では言いくるめられてしまうのではないかと心配しています。」

 

あ「ありがとうございます。Cさんは、Zさんが心配していることや、今日、ここに来ることは知っていますか?」

Z「はい、知っています。私の話はよく聞いてくれますので。」

 

あ「そうですか。では、成年後見用の診断書を取ってみることをお勧めします。その診断書で補助相当の診断がでれば、補助開始の申立ができます。」

Z「補助?」

 

あ「はい。成年後見制度って3つの類型がありまして、ご本人の判断能力があるほうから順に、補助・保佐・後見に分かれています。その補助です。つまり、一番判断能力がある類型です。」

Z「あの、でも、成年後見て聞いたことがあるんですけど、一生辞められないんですよね?今回の遺産分割だけが心配で、普段の生活には特に問題ないと思うので成年後見は使いたくないです。」

 

あ「はい。さっきの、保佐・後見の類型ではそのとおりです。簡単にはやめられません。ですが、補助は、やめることができます。」

Z「ええ!?本当ですか?やめられるんですか??やったことあるんですか???」

 

あ「はい、あります。Cさんのケースでは、遺産分割だけの代理権を付ける補助開始の申立てをし、遺産分割が終了したら代理権取消の審判の申立てをします。代理権が取り消されれば補助そのものは自動的に取り消されることになるんです。」

Z「そうなんですか・・・」

 

あ「補助は、開始するときに、開始そのものに本人の同意が必要ですし、何を頼むのかも全部本人が決めることができますので、頼むのは『遺産分割の代理だけ』とすることができます。その遺産分割が終了したらその代理権は不要ですからね。それを取り消して終わります。実は、補助制度そのものが最初からそういう使われ方を想定しているものなんです。ただ、あまり知られていないような気がします。」

Z「へ~。思ってた制度とは違いました。ちょっと診断書を取ってみたいと思います。・・・例えば、診断書が『ホサ』でしたっけ?補助以外のものだったらどうしたらいいんでしょう?」

 

あ「そのときは、それでも後見制度を使うとすれば、複数保佐・複数後見というものを使って一時的に私とZさんが協力して課題解決をし、課題解決後に私が辞任するというようなことも考えられます。そのときは、また、そのときにご説明しますね。」

Z「ありがとうございます。」

 

あ「ちょっと注意点を確認しますね。1、まずCさんの意思を確認してください。こういう制度があるから使いませんか?とご説明してあげてください。必要でしたら同席してご説明します。2、次に後見用の診断書を取ってみてください。診断書の作成には『本人情報シート』というものを提出する原則があるのですが、お父様にケアマネさんとかいますか?いたらその方に『本人情報シート』を作成してもらってから医師にお願いしてください。あとで、本人情報シートと診断書をお渡ししますね。3、私に申立書類の作成をご依頼いただくと仮定すると、最初の費用は、12∼13万円がかかります。」

Z「わかりました。ありがとうございました。父と相談してご連絡します!」

 

 いかがでしょうか。なんとなくイメージしていただけましたら幸いです。ちなみに、今回、司法書士は鑑定の説明をしませんでした。これは、補助の場合、鑑定が行われないことを意味しています。鑑定の可能性は、保佐・後見の場合に限られますので、これも補助の特徴です。この点を考えてみても利用しやすい制度と言えそうですね。

第4 さいごに

 

 最後までお読みいただきありがとうございました。成年後見制度は、ネガティブな報道がされたり、実際の利用者から批判されたりするなどして、現在、改正に向けての動きが活発化しています。数年後には今とは違う制度になっている可能性もあります。もちろん、どのような法や制度であっても、時代とともに変化する社会のニーズに合わせた改善や改正がされて然るべきものと考えます。

 ただ、その一方で、その改善や改正を待てない、今日明日の支援が必要な人がいる現実もあります。そのような方からご相談を受けた際、今ある制度を活用して、当事者にとってより良い解決ができないか考え、その方法を模索することも我々に期待されていることのはずです。まずは、今ある制度を100%活用できるよう精進を重ねて参ります。

令和5年1月21日

 あなたのまちの司法書士事務所グループ

 川のほとり司法書士事務所

 司法書士 髙野守道